「感謝」がこんなに大切なスキルだったとは

「毎日1~2分、感謝する時間を設けたグループは、何もしなかったグループに比べ、『人生をもっと肯定的に評価できるようになった』」という心理学者のロバート・エモンズとマイケル・ロッカーの実験研究があります。「感謝」を意識することで、前向きな人生を送ることができるなんて朗報。結構、簡単にできるかも!? ほとんどの人が、社会という人と人との関わりの中で過ごす中で、感謝したり、感謝されたりする場面に多々遭遇しているはずですから。

とはいえ、実際には感謝として発信したり、受け止められたりしていないことが問題なのかもしれません。私自身、日々を振り返ると、どちらかというと嫌な思いをした、不利益を被ったというネガティブなことのほうが印象に残りがちです。だからこそ、感謝するということは、簡単なようでいて難しい気もします。それに、感謝して人生を肯定的に思えるとしても、結局は気の持ちようでどうにかなるという話なのでは? といった疑問も湧きます。

しかし、「感謝」という行為の影響力は個人の人生観への影響というだけではなく、ビジネスの成果にもつながっているという調査が出ているではありませんか。「感謝」ってそんなに大切なものだったのか……。ということで掘り下げてみました。

経営の神様も言っている

「感謝の心を忘れてはいけない」と、経営の神様も言っています。平成の御代も終わろうとしている今、昭和の大経営者・松下幸之助の異名である「経営の神様」を引き合いに出してもピンこないかもしれませんが、パナソニック株式会社を一代で築き上げた人の言葉には重みがあります。パナソニックといえば、ご存じのとおり日本でその製品を手にしたことのない人はいないのではないかというほどの電機メーカーで、家電業界では国内首位。リチウムイオン電池や航空電子機器、業務用プロジェクターでは世界首位の大企業です。また、メーカー経営にとどまらず、出版社「PHP研究所」や松下政経塾を設立、その独特の経営理念や手腕、思想を広めた松下幸之助。その名前はいまだに大きいといえます。

松下幸之助は言っていました。「感謝の心があってはじめて、物を大切にする気持ちや人に対する謙虚さ、生きる喜びも生まれてくる。感謝というと古びた思想と捉えられがちだが、どの時代にもよらず普遍的に大事なこと」。製品、商品、技術、建物、組織、社員数など目に見える物質面の充実だけではなく、理念や思想といったものも重要視していたといいます。パナソニックを成功に導いた上での言葉です。「感謝」というのは、究極のところ経営の根本を成している、といっても過言でないのかもしれません。

感謝の有無が仕事に反映!?

ただ「感謝」をしたり、されたりすることのビジネス上のメリットは、感覚で捉えられても実体として見えにくいものです。商品を改良したら売り上げが伸びたというような図式にならないのでわかりにくい。ここでは「感謝の言葉」の有無が仕事のやりがい・成果に影響しているというデータがあるので紹介します。一般社団法人日本能率協会が全国のビジネスパーソン1000人に対し行った「仕事や感謝」に対する意識調査では、仕事のやりがいを感じている人の8割超、職場がビジネスで十分な成果を上げていると思う人の7割超が、感謝の気持ちを伝えることに積極的であるという結果が出ています(図1参照)。

出所:一般社団法人日本能率協会(2017)「全国のビジネスパーソン1000人に対し行った「仕事や感謝」に対する意識調査」

比べてみると、やりがいを感じていない人の群では、感謝の気持ちを伝えるようにしている人が5割超と28.6ポイント減。職場がビジネスで十分な成果を上げていると思わない人の群でも21.3ポイント減の5割超という結果となっており、感謝の有無が仕事のやりがいや成果に影響していることが読み取れます。

では、どのような場面で、どのような感謝の言葉を伝えているのかも見ていきましょう。同調査によると、伝えるタイミングとしては、「自分の仕事を手伝ってもらったとき」や「ミスをフォローしてもらったとき」が多く、男性では「仕事の目標を達成できたとき」、女性では「仕事の相談にのってもらったとき」などが上位に挙がっていました。仕事上で言われてうれしい言葉としては、「ありがとう」(感謝の言葉)が圧倒的に多く、「あなたにしかできない」(能力についてのほめ言葉)、「おつかれさま」(労いの言葉)、「よくやった」(結果についてのほめ言葉)なども心に残るものとなっています。

感謝の意味はというと「ありがたく思って礼をいうこと。心にありがたく感ずること」です。例え仕事であると割り切っていても、感謝や労い、ほめる言葉をかけてもらったら誰でもうれしいもの。職場の人間関係が良好になれば働きやすく、個人のパフォーマンスもあがりプロジェクトにもいい影響を与えるというプラスの循環ができてくるのでしょう。感謝を伝えることがコミュニケーションの一環として役立っていると考えられます。

「感謝」は幸せを生む

一方、感謝の気持ちを伝えようとする人は、幸福度が高いという見方を提示する研究もあります。確かに幸せだと感謝の気持ちもあふれてきそうです。でもこれって卵が先かニワトリが先かと同様、幸せだから感謝できるのか、感謝を心がけているから幸せになるのかのどっち!? 結論からいえばどちらの考えも当てはまるようです。ここでは「感謝」を考える上で出てきた「幸福度」という観点に注目してみます。

工学的研究として「幸福学」という独自の学問領域を打ち立てている慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科では、幸せを感じる4つの因子の一つを「つながりと感謝」としています。幸福学でいう幸せの定義は「生き生きとやる気があって人への感謝に満ちあふれている状態」としているので、感謝に満ちあふれていること自体が幸せであるといってもいいでしょう。ちなみにほかの3つの幸せ因子はというと、「自己実現と成長」「前向きと楽観」「独立と自分らしさ」となっています。幸福度が高い場合とそうでない場合では、パフォーマンスやメンタルにさまざまな違いが表れるといいます。この幸福度の高さと企業経営との関連性についての研究は盛んに行われているので、次に紹介します。

◆幸せな人は生産性が高い!

幸福度の高い人は、会社への貢献度も高くなることがわかっています。すでに示されている結果としては、幸福度の高い社員の生産性は12%高く、低い社員の生産性は10%低いといった英ウォーリック大学の研究や、幸福度の高い社員はそうでない社員より創造性が86%高いというカリフォルニア大学バークレー校の研究などが有名です。また、幸せな状態にある社員だと、営業成績が高くなったり、欠勤率や離職率が下がったりするという研究報告もあります。

◆幸せは個人の能力を底上げする

結局のところ企業経営にとって人材は、モノや資金に並ぶ大切な経営資源です。社員の働き具合に企業が依存しているといっても言い過ぎではありません。いわゆるマネジメント術ではスキル、モチベーション、コンディションといた個々の資質を取り上げて注目しがちですが、幸福度を高められればそれらの資質が引き上げられる可能性があります。

例えば、幸福度が高まることで、やる気が出てパフォーマンスや生産性が上がる、成功体験を繰り返すことで次へのチャレンジ精神を持ちやすくモチベーションにつながる、それに伴ってスキルの向上が望める、また、精神的にも良好な状態となるのでコンディションもよくなるといった具合です。特に精神的な部分ですが、日本では食事に気を配ったり運動したりと体の健康は気づかうわりにメンタルを軽視しがちです。心が病んでからでは遅いので、メンタル面が安定する幸せな状態を意識すべきではないでしょうか。

◆幸せ力が挑戦力につながる

前項でも触れたチャレンジ精神ですが、アメリカの「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」という研究雑誌で発表された論文の中に、「幸せな人は困難でしんどいことをやっている。そうでない人はやる必要のないことをやっている」という話が載っていたそうです。短いアンケートを使い、大量の思考行動パターンを分析したところ、「気分がいまいち」と答えた人たちは気晴らしや運動、散歩。「調子がいい」と答えた人たちは、しんどかったり面倒だったりしても大事なことをしている傾向があったとのことでした。

困難なことでも取り組もうとする挑戦力をつけるためには、モノやお金がいくらあっても不十分で、幸福度が高いという精神的な部分の支えが必要であるという結果でした。逆にいえばそうでない人は、困難な状況に置かれると力を発揮できないというわけです。

意識的に「感謝」しよう

国連が毎年発表している『世界幸福度ランキング』、世界の155カ国を対象にした2017年版での日本の順位は51位でした。上位はというと、ノルウェー、デンマークなどの北欧諸国が占めています。生活水準が高いとされている日本ですが、先進国の中では決して幸福度が高いとはいえない結果になっています。このアンケートは、対象となった各国の人たちの主観的な幸福度を集計した数値になります。物質的な豊かさ=幸せといった単純な構造になっていないところが難しい点です。良くも悪くもそれなりに暮らしている人々が多いという印象がある日本ですが、幸福度の高い人が多くいるわけではない……。これまで述べてきたように「幸せ」が生み出すメリットを考えたら、これは重大事です! ビジネス的な損失も大きいかもしれません。

決して幸福度が高いとはいえない日本の状況を見ると、やはり感謝の足りなさも関係してくるのではないでしょうか。日本文化では、奥ゆかしさや、あうんの呼吸でわかるといったことが美点としても語られがちです。しかし、これは非常にあいまいです。たいがいにおいて他人の考えていることはわかりません。ですから、心のうちにいくら想っていても、相手には伝わっていないと考えたほうがいいのです。

欧米では部下を褒めずに叱るだけなら管理職失格といわれるほどだそうです。何をおいてもまずは褒めるのが鉄則。例えば部下の仕事のクオリティが低くても、「よくやってくれた。ありがとう」の言葉が先で、「ここのところはこうしたほうが……」と続けるといいます。確かに受け取る側の意識が変わるかもしれません。これを初っ端から「このままじゃあ使えないな。ここはこうして……」などといわれたことを考えれば一目瞭然ですよね……。同じように仕事をやり直すとしても、モチベーションの度合いは違ってくるはずです。「感謝」はビジネススキルの一つでもあるといえます。

ビジネスではもちろん、プライベートであっても幸せな状態であることにこしたことはありません。その第一歩として、ささいな事柄であっても感謝の気持ちを言葉に表すのはいかがでしょうか。言葉で伝えなくても、ちょっとしたプレゼントで表してもいいかもしれません。表彰業界でいえば、感謝や激励のメッセージをトロフィーにして贈る方がいます。幸せや感謝といった、心のありようについては、数値で表しにくいものですがとても大切なものです。ビジネスでも、これからは社員の幸福度を測る視点も欠かせなくなってくるでしょう。ぜひ「感謝」を意識していきましょう。

 

参考資料:
松下幸之助(1994)『人間としての成功』PHP研究所.
日本の人事部「HRカンファレンス2017-秋-」開催レポート「従業員が幸せになれば、生産性が向上する」,<http://hr-conference.jp/report/r201711/report.php?sid=1160>学校法人産業能率大学総合研究所“Hapinnovation Lab Letter(ハピノベーション・ラヴ・レター)」”,<http://www.hj.sanno.ac.jp/cp/page/9259>