「幸せ」は主観で決まるものだと思ってきました。ところが、そうではないらしい――。近年、脳内物質「オキシトシン」が「幸せ」に関わっていることに注目が集まっています。幸せを感じているときには、オキシトシンが分泌されているといいます。「幸せ度」を客観的にみることが可能になってきたわけです。
見方をかえれば、オキシトシンの分泌量を増やせば幸せになれるという方程式も成り立ちます。オキシトシンを増やす方法はさまざまありますが、「トロフィー」でもなんと増えるのです! これは見逃せません。
今回は読んでくださっているみなさまと、トロフィー生活の「幸せ」を求めて、「オキシトシン」に迫ります。
“しあわせって何だっけ”
♪しあわせって何だっけ何だっけ
ポンと生まれたシャボン玉
1986年にヒットした、明石家さんまさんが歌うキッコーマンのCMソングをふいに思い出しました。今も耳に残るメロディ、生き方そのものを問う詞の深さ。さすが大ヒット曲です。
情報化社会が進み、確かに生活は便利になりました。個人の生き方の選択肢も多様にあって幸せになれるチャンスも増えたような気がします。
しかし、さまざまな生き方を選べるからこそ、自分がどう生きれば幸せになれるのか迷ってしまいます。SNS上で、幸せな自分を演出するためのサービスもあると聞きます。まやかしでは幸せになれないとわかっているはずなのに……。
幸せとはなんなのでしょうね。
「不安」が「幸せ」を阻んでいる
バブル崩壊後、長期低迷している日本経済。難しいことはわかりませんが、ごく平均的なふつうの人たちが、ふつうにただ生きていくというのが大変な時代になりました。
日本労働組合総連合会(連合)が、働く人が持つ生活意識や社会の理想像を把握するために行った「日本の社会と労働組合に関する調査2017」(15歳~64歳の労働者1036人を対象にしたインターネットリサーチ)によると、「将来に不安を感じることがあるか」という質問に対して「感じる」と答えた人は77%。約8割もの人が将来に不安を感じているという結果でした。
不安要素については年代別で回答に違いがあり、10代では「仕事の有無」、20代では「家計」、30代以降は「老後の生活」でした。同調査では現在の生活満足度に関する質問も行っていますが、回答は「満足」54%、「不満」46%で、生活満足度が低い層ほど不安を感じる傾向が顕著となっています。生活=生きることの難しさ(生きづらさ)が根底にあることで、不安が増大しているというのです。
また、ニュースのヘッドラインにはこうした不安が顕著に表れているように感じます。ゴシップ記事ばかり読んでいるのでエラそうなことはいえませんが……。「誰でもよかった――」と言って凶行に至る事件、虐待を受ける子どもの多さ、真面目に働いても暮らしていくのに十分な収入を得られない人が多くいる状況、いじめ問題……。海外に目を移せば、戦争は終わらない、銃乱射という物騒な事件も多発しています。
追い詰められたら、今のバランスが崩れたら、もしかしたら自分もどうなるかわからない!? と、さまざまなことが身近に感じられて気が滅入ります。疲れているなあ、私。でも、このような漠然とした不安が「幸せ」を脅かしているのではないでしょうか。
だとすれば私を含めて、社会全体がオキシトシン不足に陥っているともいえます!
社会はなかなか変わらないけれど(あきらめてはいけませんが……)、自分のことなら変える努力ができます。そのとっかかりとしてオキシトシン分泌量を増やすのはかなり有望です。一人が変われば、みんなが変わる! です。
注目されはじめたオキシトシン
オキシトシンは、哺乳類だけが持っているホルモンです。1906年に、出産を促進する物質としてイギリスで発見されました。出産後の母乳分泌も促すことから、出産・育児に関係する女性ホルモンとして以降、広く知られていきました。「オキシトシン」という名前自体も、出産を促進するという意味のギリシャ語からきています。
ところが近年になって研究が進み、オキシトシンは妊娠した女性特有のホルモンではなく、性別や年齢に関係なく分泌されていることが判明しました。出産・育児にだけではなく、信頼や愛情という心の状態にも深く関わっていることがわかってきたのです。
オキシトシンは主に、好き嫌いや不安・恐怖などをつかさどる扁桃体に作用します。そのため、オキシトシンが分泌されていると、恐怖や不安、不快感といった感情が非常に薄くなるといわれています。
オキシトシンが分泌されている母ラットを使ったある動物実験では、通常であればエサを取りに行かないような脅威のある場合でも、母ラットは子どものために危険を冒して行動したといいます。これは、子どもを生み授乳することで、断続的にオキシトシンが分泌されるため、自己犠牲的な行動をとるような脳の構造に変わってくるからだと考えられています。
オキシトシンがもたらす効果には、ほかにも次のようなものがあります。
- 他者への親近感や信頼感が増す
- ストレスが緩和する
- 血圧の上昇を抑える
- 心臓の機能をよくする
- 幸せな気分になる
- 不安や恐怖心が減少する
- 人と関わりたい気持ちが高まり社交的となる
- 学習意欲と記憶力向上
- 感染症予防につながる
いいことだらけですよね。「幸せホルモン」「癒しホルモン」「絆ホルモン」などと呼ばれ、にわかに注目されているだけあります。オキシトシンが大切なことはわかっていただけたと思います。
さて、オキシトシンを分泌させるにはどうしたらいいのか? が本題なのですが、方法はかなり簡単で実現可能です。
オキシトシンを分泌させるには?
出産や授乳によってオキシトシンが盛んに分泌されることは前述しましたが、それ以外にも分泌を促進させる方法があります。オキシトシンがスキンシップや愛情、信頼に深く関係していることにフォーカスします。
例えば、欧米の人があいさつとして行うハグは、オキシトシン分泌にも最適な行為だとされています。しかし、多くの日本人は握手すら気恥ずかしいという国民性。そこでここでは、ハグOK! スキンシップ大好きな人に向けたオキシトシン分泌方法から、恥ずかしがり屋さんに向けた秘策まで、簡単にトライできるオキシトシン分泌方法をご紹介していきます。
◆ハグ・ハグ・ハグ!
- スキンシップをする
- マッサージを受ける
- ハグをする
- ペットをなでる
オキシトシンを分泌させるなら、家族や異性、そのほか誰とでも! と肌と肌とのふれあいであるスキンシップをするのが一番効果的です。
恋人関係や夫婦関係にあるパートナーがいれば話は簡単です。手を握る、ハグする、キスする、性行為といったスキンシップがオキシトシン分泌に効果抜群です。特にオーガズムを迎えたときの血中のオキシトシンレベルは非常に高くなるといわれています。
オキシトシンレベルが高まると、愛情や信頼が増し、寛容になります。「恋は盲目」「あばたもえくぼ」といった言葉がありますが、まさにオキシトシンのなせる業(わざ)だったわけです。
そんな相手はいないから! という方、あきらめるのは早いです。愛だの恋だのといった盲目的なスキンシップに頼らなくても、別の方法があります。
オキシトシンは、リズミカルにタッチされたり、マッサージを受けたりしても分泌されることがわかっています。マッサージを受けると、血圧、心拍数、ストレスホルモン値が低下するという結果も出ています。肩や腰などのコリをほぐす以上の効果があるのです。
驚かれるかもしれませんが、スキンシップの相手は人間でなくても大丈夫です。筑波大学の研究チームによると、飼い主と犬とのふれあいや交流によっても、互いのオキシトシン分泌量が増すことをつきとめました。一般的に犬は共感力が強く、忠誠心があるといわれていますから、信頼関係や愛情が人との間に育まれやすいということなのでしょう。
◆心と心のふれあいをしよう
スキンシップをとりたい相手もいない、犬も飼っていない方、次の方法はいかがでしょうか。
- 家族団らん
- 友人との交流(食事・おしゃべり など)
- 感情を表に出す
- 感動する
身体的な接触ではなくても、心と心のふれあいによってもオキシトシンは分泌されます。
家族でも、同性の友人でもいいのですが、気持ちを通わせて信頼関係を築く行為が最適です。仲間と飲んだり食べたりしながら話すことで、ストレス発散になったという経験はありませんか? これは、信頼や絆が育まれたことで、オキシトシンが分泌されたからといえます。
また、人との交流でなくても、自分の心が踊るような体験の繰り返しも有効的だといわれています。「いいね!」「素晴らしい!」「感動!」などといった感情を、素直に表現してみましょう。ある研究では、マイナスの感情をため込まないことがオキシトシンを出すための条件の一つだとしています。抑え込みがちな、怒ったり、泣いたりといった負の感情も表に出すことも大切です。
人から元気や感動をもらってもオキシトシンが出てきます。感動的な物語を見ることでも、気持ちが高まってオキシトシンの分泌にいい影響を与えるということです。
“奥ゆかしさ”をよしとする日本文化ですが、喜怒哀楽は大げさにを心がけたほうが心身の健康によさそうです。
◆人にやさしさを向けよう
平穏を好むタイプで、これまでの話にどれもついていけないという、照れ屋さんのあなた。穏やかなオキシトシンアップの方法もあります。
- 人をほめる
- 親切をする
- 大切な人の幸せを祈る
- プレゼントを贈る(トロフィーとか!)
熱烈なハグや、大げさな感情表現がなくても、人に対してひそかに気持ちを向けるだけでオキシトシンが分泌されるということです。
人をほめたり、親切なことをしたり、幸せを祈ったりすることは、心がけしだいで毎日できることです。熱烈ハグよりもオキシトシン分泌量は少ないかもしれませんが、質より量。ちりも積もればなんとやらです。
バスや電車で席を譲る、店でサービスを受けたときに「ありがとう」と声をかける、寄付をする、街頭で配っている販促物を「お疲れさま」と言ってもらってみる、あいさつ+αで声かけをしてみる……など、ささいな誰にも気づかれないような親切を試してみましょう。続けると、じわりじわりと幸せを感じるから不思議です。
直接、人をほめたり、親切をしたりするのが恥ずかしいなんて方もいるかもしれませんね。そんなときは、トロフィーを贈るなど、形にしてみるのもオススメです。信頼・愛情・感謝が形になったトロフィーであれば、言葉にしなくても思いが伝わるからです。気持ちが通じ合うということは、贈ったあなたも、もらった相手もオキシトシンが分泌されている証拠です。
「幸せ」を呼ぶオキシトシン
オキシトシンはいわゆる人と人とが助け合いつつ暮らしていれば、不足しようにないものです。ところが、現代の生活ではそのこと自体が難しくなっているようです。
最大の原因は、人と人とのリアルなやりとりが減少している点です。ネットを介してできる仕事が増えたり、社内であってもメールなどでやりとりしたり――。仕事はほとんどパソコンを相手に行っているという人も多いと思います。仕事だけではありません。家族や友人、異性とのコミュニケーションもスマホがあれば顔を合わせなくてもできる時代です。
IT化のプラス面はたくさんありますが、人と人とのふれあいが薄くなったというマイナス面は測りしえません。例えば、SNSなど言葉のやりとりだけでコミュニケーションをとる場合、顔と顔を合わせてコミュニケーションするよりも感情のニュアンスが入りにくいため、オキシトシンの分泌量が減ります。それでもとらないよりはいいのですが……。
オキシトシン不足は深刻です。ストレスや疲れがたまりがちになったり、不信感や倦怠感などをまねいたり、病気を招いたりすることにつながります。そして、幸せを感じられないという点が一番の問題かもしれません。
結婚式への参加者のオキシトシン分泌量をはかった研究があります。一番、分泌されていたのが新婦。そして、新婦の母親が二番目で、次に新郎の父親、新郎、家族、友人と続くそうです。オキシトシンはお互いの共感を増し、信頼や絆を作ります。新郎新婦が円満な家庭を築き、子孫を繁栄させていくことは、人類がこの先、生き続けていくために欠かせません。ということは、近しい人との団結力を高める上で、オキシトシン分泌を促す結婚式は非常に有意義な儀式といえるのです。
個人的には結婚式なんて挙げても挙げなくてもいいと考えていましたが、人類が繁栄していくために、本能的に必要とされた儀式だったのですね。現代の少子化問題も、オキシトシンが充足されればいい方向に向かうのかもと思ってしまいます。
オキシトシンの働きが私たちの幸せに欠かせないのは間違いありません。オキシトシンが分泌されるような行動を心がけて、トロフィーを活用して! 「幸せ」を呼び込みましょう。
◎参考文献:
有田秀穂(2012)『「脳の疲れ」がとれる生活術』(PHP文庫)
デイビッド・ハミルトン(2011)『「親切」は驚くほど体にいい!-“幸せ物質”オキシトシンで人生が変わる』(有田秀穂訳)飛鳥新社
ポール・J.ザック(2013)『経済は「競争」では繁栄しない-信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学』(柴田裕之訳)ダイヤモンド社