「感動」は現代におけるキーワードの一つになっています。本の帯のあおり文句でいえば、気になる言葉の上位は「感動」「衝撃」「泣ける」「笑える」など感情系だとか。テレビ放送は最たるもので、感動を導く演出、やたらと涙や驚きの表情を見せるタレントのワイプ画面が日々流れています。個人的には感情を押し付けられているようでやりすぎに思うときもありますが、これは世間の欲求に応えている結果ともいえます。
感動といえば、アワード(表彰)の本質です。もしかしたら、アワードの必要性をよりわかってもらえるかもしれない!? ということで、ここでは、これほどまでに求められる「感動」について考えていきます。
心が満たされない現代日本
ちょうど今、ものごころついたときから心にポッカリと空いた穴を抱えている偏屈な中年男性を主人公にしたNHKドラマを視聴しています。やはり「心が満たされない」といったテーマは、現代社会で注目されているようです。ドラマのストーリーとしては、朗読をきっかけにして心の空洞を埋めていくことで、妻子に出て行かれて踏んだり蹴ったりの人生を変えていくという展開(執筆している現時点では放映途中)。毎回、朗読場面が出てきて、「そもそも朗読なんて子どもだましだ」と思っていた主人公の心が揺さぶられていきます。まさに感動が心の空洞を埋めていく物語なのです。
豊かな社会といってもいい今の日本。パッと見では貧困がわからないといわれるほど、物質面では多くの人の衣食住が満たされています。しかし、心の豊かさという視点からみると違ってきます。国民生活に関する世論調査(平成29年6月調査)によると、これからの生活を豊かにするために「心の豊かさに重きを置く」とする人(62.6%)が「物質面での豊かさに重きを置く」とする人(29.2%)の2倍近くになっています。「心の豊かさに重きを置く」については、前回調査(平成28年7月調査)に比較して2.4ポイント増加。「物質面での豊かさ」は前回より2.1ポイント減少しました。日本では、心の充足を求める人が年々増えているのです。「感動」というキーワードが巷にあふれる理由はここにあるのかもしれません。
人生が変わるほどの衝撃
感動には、生き方を変えるほどの影響力があります。これまでの人生を振り返ってみれば、人生の転機に何らかの感動があったことに気づくのではないでしょうか。なぜ、これほどのインパクトをもたらすかというと、脳の働きと密接に関わっています。
人間にとって脳の機能の中でもっとも大事なものの1つに、平常心を保つという「恒常性」があります。感動して心が揺るがされたり、気が動転したりした場合、脳は恒常性を維持するために、多量の情報をなんとか処理しようと目まぐるしく活動します。脳内ではドーパミンやセロトニンなど100数種類の神経伝達物質が、神経細胞の中を行き交っている状態です。現象が大きすぎるときにはオーバーフローしてしまい、涙をあふれ出させてなんとか平常心を取り戻そうとすることもあります。
この思いっきり揺れ動いたときの活動で、脳は変化していくといわれています。逆にいえば、脳を活性化するような体験をしなければ、脳内に変化は起きないというわけです。神経伝達物質は脳が分泌する化学物質のため外から取り込むものではありません。また、私たちが体験している現象によって、この化学物質の内容もタイミングも変わります。考え方や生き方に変化をもたらしたいときに、感動するということが大きなきっかけになることがわかります。
感動して流す涙が伝えるもの
心を揺さぶられて感動したときにかなりの頻度で表れる動作として「泣く」という行為がありますが、この泣くという現象も私たちにかなりの影響を与えています。そもそも私たちはなぜ泣くのでしょうか。目からこぼれ落ちる涙には次の3種類があるといわれています。
●基礎分泌の涙……眼球を乾燥から守るために常に目を潤している涙
●反射性分泌の涙……目に異物が入ったときに洗い流すための涙
●情動性分泌の涙……心を動かされたときに流す涙
前2つの眼球を健康に保つ働きとしての涙は、人間以外のほかの動物にもありますが、3つ目の情動によって涙を流すのは人間特有のものだといわれています。文化圏が違っても人であれば心を動かされたときに涙を流します。私たち人間だけが、進化の過程のどこかの時点で、感情をつかさどる脳領域と涙を作る涙腺とにつながりを持ったのです。そして、この「情動性分泌の涙」は人間にとって欠かせないものとなりました。
◆強力なコミュニケーション手段
人間の赤ちゃんが生まれて最初にすることといえば「泣く」です。しかし赤ちゃんは、ここでいう「情動性分泌の涙」を流しているわけではありません。赤ちゃんは頻繁に泣きますが、理由は、お腹が空いた、暑い、寒いなど、不快なこと=ストレスを感じたからになります。「泣くと原因を解消してもらえる」ということを繰り返し経験することで、コミュニケーション手段としての「泣く」を学んでいきます。成長して指さししたり、怒ったり、声を発したりと、泣く以外の表現方法を身につけることで泣く頻度は減ってきますが、泣くことが意思を通すために効果的だとほとんどの子どもは知っています。
さらに経験を重ねると、身体的な苦痛や不快さだけではなく、精神的な苦痛に対しても誰かの共感を得て解消したいという気持ちが強くなってきます。幼いうちはたいていの場合、感情を言葉に表して説明できないので、やはり泣いて表現します。人が涙を流すのを見ると強い共感や同情を覚えるのは、「泣くのはよほどのことだ」と経験上わかっているからです。そして、助けを求めているという叫び、完全な無防備さに心を動かされずにはいられません。涙のベースにあるのは「他者に対する共感」であるため、他者に訴えるという強力なコミュニケーション手段となっています。
◆ストレス解消の手段
涙を流すことには、別の意味もあります。泣いたあと、気持ちがすっきりすることに気づいているでしょうか。涙を流すことでストレスが解消されるという報告があります。1980年代に行われた、米セントポール・ラムゼイ・メディカルセンターのウィリアム・フレイ博士の調査によると、情動性分泌の涙を流した後、女性の85%、男性の73%は、「泣いた後、気分がよくなる」と答えています。ある発見によれば、涙を流すときに鎮痛作用のある神経伝達物質が分泌されるとしています。笑うときの神経伝達物質に似ていて、気分をよくする効果があるとしています。
また、ほかの発見では、涙を流す涙腺が副交感神経のコントロール下にある点に注目しています。一般的にストレスがかかっている場合、交感神経の緊張が非常に高まっている状態です。生理上、起きている間は交感神経が優位に働くようになっているので、私たちは覚醒している限り、高まってしまった緊張をなかなかほぐすことができません。緊張をゆるめる最もシンプルな対処方法は寝ることなのですが、実は「情動性分泌の涙」を流すことでも、同様に副交感神経が優位になってストレスなどの緊張が緩和されることがわかっているのです。
私たちが泣くときは気が動転しているからと考えがちですが、実は覚醒状態(起きたまま)にありながら動転した状態から立ち直るために泣いているというわけです。スポーツ選手が試合を終えて表彰台に上がっているときに魅せる涙は、努力が報われた喜びもありますが、ストレス状態から自らを解放する行為でもあります。
感動して涙を流すことでも、私たちは他者からの共感を得たり、ストレスを解消したりといった二次的なメリットを手にしています。
マンネリアワードからの脱却がカギ
アワードには、モチベーションを高めたり、アイデアや才能を称えて企業価値を創出したり、など実にさまざまな効果がありますが、受賞者本人だけではなく、当事者ではない多くの人に感動を与えることもその一つです。スポーツ競技を例にみるとわかりやすいのですが、オリンピックやワールドカップでメダルを獲ったとなると、選手にほとんど関係ない周囲の人たちまでこれまでの努力が実って成果を得たことに感動してしまう――という現象はよくあることです。自分ではない他人が成し遂げた功績であっても、共感し心を動かされてしまうのが人なのです。共感する周囲の人も、当事者に感情移入することで疑似体験することできます。
感動を生むアワードは、あらゆる人にとって欠かせないものです。しかし、それが周知されていないのが残念です。もしかしたら、アワードがマンネリ化しているという点が一つの原因かもしれません。みなさんの思い浮かべるアワードシーンはどのようなものでしょうか。体験したことのある表彰式、トロフィーや優勝カップ、表彰楯のデザインイメージは、もしかしたらだいぶ前のものかもしれません。アワードは進化しています。一人ひとりの名前を呼び、表彰品を渡して称えて拍手で終わる……、でなくてもいいのです。いつもどおりの予定調和では、アワードで体験してほしい感動が起こりにくく見ているほうの心にも残りません。
例えば、法人表彰のような式典の場であっても、受賞者の日常を支えてくれる家族や同僚からの祝福のメッセージ・プレゼントがあるなど、サプライズ感があれば違ってきます。驚きが印象を強く与え、受賞者本人だけでなく、周囲からのイベントに対する評価を高めることにつながります。大げさなことをしなくても、直前まで受賞者を発表しない、というサプライズもあります。ある種の緊張が生まれるので興奮が高まります。
予期しないことに驚き感動するのが人間です。感動が与えるメリットはこれまで述べてきたとおりです。それならば! トロフィー生活スタッフとしては、身近なところでアワードをじゃんじゃん取り入れましょう、と大きい声でオススメしたいです。
参考文献:
『涙活でストレスを流す方法』(2013)寺井広樹/有田秀穂共著(主婦の友社)
『脳が変わる生き方』(2013)茂木健一郎(PHP研究所)
『脳からストレスを消す技術』(2008)有田秀穂著(サンマーク出版)
『この6つのおかげでヒトは進化した――つま先、親指、のど、笑い、涙、キス』(2007)チップ・ウォルター著 梶山あゆみ訳(早川書房)