がんさんのいた街…立川⑦ 徽章屋に娘が誕生!

秋は心静かに、もの思いにふける…いやいや現実は日々忙しくもう冬…今年も終わってしまいます。焦ります…う~ん、でもでも、焦ったところで時は待ってくれませんしね、それなら、え~いと…忙しさに負けず趣味を楽しむ事にしましょう。
さてさて…。

先日、22歳の若者から映画「ゴットファーザー」を見て感動したらしく、見た事ありますか?と私に聞いてきました。
彼はアクション満載の映画かと思って見たらしいのですが、そうではなかったんですと……ここの映画でしたと自分の左胸に手を当て、興奮ぎみに話してくれたのです。

〔私に見た事あるかって?    誰に聞いているの?〕   と心の中でつぶやきながら…笑

コッポラ監督  マーロン・ブランド主演  何度見た事だろう。〔永遠の名作〕とも知らず、この古い映画をチョイスしたこの若者は、なんて幸せなんでしょう。素晴らしい映画に出会えた彼は、物語のあらすじを一生懸命話してくれるのです。話している間もいろいろな場面を思い出しているらしく、感情が入り、私まで感動の中に引きずり込まれる様で心地良い時間を体験しました。

映画とはそういうものであって欲しい。良い映画は時代を越え、年齢問わず心に響くのだと改めて感じるひと時でもありました。

そして別れ際に22歳のこの若者はこう私に言ったのです。

「良い映画紹介して下さい」
「私が選ぶ映画は古いからね」
「いや、古い映画…..見たいですね」

えっ、ほんと! いいの? 古い映画でいいの? と何だか嬉しくなり、さて何を紹介しようかな~とそれを考えるだけで何だかわくわくしてくる私なのです。

映画は人生を豊かにし、すべては愛に通じる…と。映画の話になると本題を忘れてしまいそうになるので、このへんにしておきましょう。いつかの章で今まで見た大好きな映画の話を思う存分書きまくりたい心境です。
〔いやいや、そう言えば、がんさん、ふみさんも映画大好きなんでした。〕

「ゴットファーザー」 久しぶりにまた見たくなりました。名作は何度見ても感動するのは私だけでしょうか。ゴッドファーザーの音楽が聞こえてきました。映画音楽は聴くだけで場面がでてくる最高の時間です。

それにしても あ~どの映画紹介しようかな~  と夜の長い季節、嬉しい悩みに笑顔がこぼれます。笑…です。

さてと…がんさんふみさんのいる場所に戻りましょう。今回⑦は商売もまあまあ軌道に乗り始めた頃、がんさんふみさんに女の子が誕生し、商売と子育て、それはそれは大変な日々になっていきます。

「車のワイパー こんな時にも…」

新しい年が明け、「今年も宜しくお願いします」と新年の挨拶を交わしたがんさんとふみさん。
そんなお正月気分もそろそろ抜けた頃、その日はとうとうやってきました。

朝から忙しい1日をようやく終え、自宅に戻ったがんさん…..するとふみさんの様子が……

生まれる! 急がねば…..

初めての出来事にがんさんはふみさんを車に乗せ、病院を目指す。ふみさんは落ち着いていますよ。
何を会話したかは2人とも覚えていません。とりあえず20分ほどで病院へ到着。がんさんはホッとしつつもすぐ生まれると思いうろうろしていると、とりあえず待合室へとこんな落ち着かない男性は慣れたもの!とばかりに看護師さんに促されたがんさん、小さな産婦人科個人病院の片隅で、がんさんはその時を待つ事になりました。

生まれる!と2人で思った瞬間から、時はさらに進み、でも生まれてきません。がんさんはふみさんのいる場所と待合室を行ったり来たり…..2人は寝たか寝ないかその感覚もなく、とうとう朝を迎えてしまいました。
それでも生まれず……がんさんは仕事の事が気がかり、ふみさんがいない分、がんさんの仕事の負担は大きかったんです。一度会社に行こうか、いや待てよ、その間に生まれたら? きっと後悔するぞ!  がんさんも一人戦っていたんですね~。

そんなこんなで時は過ぎ、生まれたのです。女の子でした。

看護師さんは廊下で待つがんさんに 「生まれましたよ! 女の子です!」

がんさんは一目散にふみさんの所へ…..ではなかったのです。ふみさんの顔も生まれてきた女の子の顔も見る事なく、小さな個人病院の正面玄関を飛び出すと、車に乗り、会社に向かったのでした。

〔ええ~ がんさん、まずふみさんに労いの言葉でしょ…..そして、我が子との初対面の感動の場面は??〕

ハンドルを握ったがんさん、暫く運転をしていると、なぜかワイパーが動いたのです。右に左にと…..その日は晴天です。でもがんさんは前が見えなかったのです。だからワイパーを動かしたのです。ワイパーを動かしても前は見えません。自分の涙だと気づくのにどのくらいかかったのでしょうか。

頑張ったふみさんの顔も見ていない、生まれてきた我が子の顔も見ていないのに、がんさんは涙が溢れ、自分でもどうする事も出来なかったとふみさんはあとから聞く事になったのです。

がんさんの純粋な心はこんなところにも感じます。あの大きな身体、大きな声、大胆な行動、から、その涙はどこに存在するのだろう。

がんさんはそれでもワイパーの力を借りて、工場長、谷代さん、越山さんの待つ会社へと急ぎました。その日はみんなに渡す給料日だったんです。

会社で待つ3人は、無事に生まれた事を喜んでくれた事は言うまでもありません。家族の様に…..。

「 そして、対面の時…… 」

その日の夜、がんさんは朝病院を飛び出してから、一人ワイパー事件を体験し、そして工場長、谷代さん、越山さんの祝福を受け、3人に給料を渡し、仕事を済ませ、ふみさん、まだ見ぬ我が子の待つ病院に舞い戻ってきました。面会時間は過ぎていましたが、そこは融通のきく個人病院ですね、看護師さんたちも笑顔でがんさんを迎えてくれました。

病室に入って来たがんさん、ふみさんと目が合った時、言葉はなく、お互いに照れ笑い?苦笑い?いやいや幸せな2人の笑顔だったのでしょう。それを見ていた若い看護師さんは言いました。

「生まれた赤ちゃんを抱っこして廊下にでたら、ご主人が飛び出していったから、え~???  と」

ふみさんは言いました。  「お騒がせしてすみませんでした」 と……

そんな病室の雰囲気の中、年配の看護師さんに抱っこされた我が子が登場しました。お世話になった先生も一緒でした。2人も今朝のちょっとしたハプニングの様子を聞いていたらしく、年配の看護師さんは

「仕事熱心なお父さんでよかったね~」と….

赤ちゃんの顔を見ながら話しかけ、がんさんの腕の中に渡してくれたのでした。
相変わらず、言葉少なめながんさんは腕の中で眠る我が子との初対面は、どんな心境だったのか、こればかりはがんさんにしかわからない、がんさんの心の中にとどめておいてあげたい。

さっきまで朝のハプニングで笑っていた病室の雰囲気は、暫く、沈黙の場面となったのです。それはがんさんふみさんにとって生涯忘れる事のできない場面である事は言うまでもない事でした。

その日、がんさんはふみさんと我が子を病院に残し、誰もいない自宅へと安心した様子で帰って行きました。

こうして、のちにお父さん大好き!徽章屋大好き!になる1人の女性がこの世に誕生したわけです。

「 深き命名の秘密 」

次の日、がんさんは昼間病院にやってきました。仕事の合間にちょっと寄ってみたと言っていましたが、いやいや、ふみさんに大事な話をしに来たのでした。

その話をする前に…ですね…..当時は当然携帯もなければメールもありません。病室に電話もありません。待合室に1台公衆電話があったでしょうか。工場長、谷代さん、越山さんはふみさんに娘誕生のお祝いの言葉を贈りたくて…..でも病院に電話をかけるわけにもいかず、手紙でふみさんを感動させてくれた事をここに書き添えておきたいのです。もう家族以上の関係になっていた様に思います。
あの幼稚園の廃墟で出会った5人は…..今6人の㈲立川徽章の家族になった思いです。
早く3人にこの娘を会わせたいと、ふみさんは我が子をじっと見ながら、3人に思いをはせたのでした。

さて、がんさんの重要な話とは….そうです、次に親が子供にすべき大事な事は命名です。その話だったんです。

がんさんはある日、仕事途中に、山の向こうの夕日の美しさに車を止め、暫く見入ったそうです。その美しさはその後見た事がなかったとも言っていました。その時、なぜかがんさん、将来自分に子供ができたら、いや女の子ができたら、この夕日の美しさを名前に命名しようとふっと思ったと言うのです。それはまだ、ふみさんと結婚もしていない、若き独身の時の話だと言うからふみさんも驚きましたね。

今まで子供が出来たとわかった時から、今日までそんな話は一度も聞いた事がなかったふみさん、でも、がんさんの性格からして、あり得るかもしれないと思ったのです。

それで?」 とふみさん。  「でさ、この名前にしようと思って」 とがんさん。

 

がんさんもふみさんも字はあまり綺麗ではないのですが、そのがんさん特有の字で我が子の名前を書いた紙をふみさんに見せたのです。

「う~ん いいんじゃない」  「えっ! それだけ? 何か言う事ないの?」

〔え~ だってあれだけ前置きストーリーを聞かされたら、この名前に決まりでしょ〕

とふみさんは心の中で思いました。でも本当はとても気に入っていました。夕日に香る美しい光景が想像できたからです。がんさんの思いがこれだけこもった名前を付けられた娘が幸せにならない訳がないとも…..でも本当はふみさん、初めての子育てに戸惑いも多く、名前まで考えている余裕はなかったのですから、がんさんに感謝です。それも深き愛のある名前を…よくぞ考えてくれましたね、がんさん!

こうして幼稚園の廃墟の徽章屋に女の子が誕生し、2日目にしてすでに命名され、商売人の子供として、その慌ただしい環境の中で人生をスタートさせる事になりました。

商売と子育てが始まります。がんさんふみさんは2人力を合わせて歩き始めます。でも、工場長、谷代さん、越山さんたちの協力なくして、がんさんふみさん、この厳しい状況を戦い抜く事はできない事を感じていました。
でもこの道を選んだのは自分たちです。前に進むしかないのです。

この世に1人の人間の人生を託されたのですから、大きな愛をもって育てていきましょう。