アルフレッド・ノーベルの遺言により「人類の幸福に貢献した人」に対して贈られるノーベル賞の2020年受賞者が、10月5日の生理学医学賞発表を皮切りに、物理学賞、化学賞と順次発表されました。残念ながら日本人の受賞はなりませんでしたが、一足先に9月に発表された「裏」のノーベル賞では日本人が14年連続受賞したとの報が入ってきています。「イグ・ノーベル賞」は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる業績」を称するノーベル賞のパロディ版アワード。今回は日本人受賞者を中心に、面白くて大真面目な研究を称えるイグ・ノーベル賞に注目してみました。
日本人が14年連続受賞
爬虫(はちゅう)類の声の仕組みについて調べた国際研究チームが、今年度のイグ・ノーベル賞音響学賞を受賞しました。スウェーデンの大学の研究員らとともに、京都大学霊長類研究所の西村剛准教授が受賞したことで、なんとイグ・ノーベル賞の日本人受賞は14年連続となりました。パロディ版ノーベル賞とはいえ、素晴らしい!
どんな研究だったかというと、「吸うと高くて面白い声が出ることで知られているヘリウムガスをワニに吸わせたら鳴き声はどう変わるのか?」というもの。もちろんワニに面白い声を出させるためにしたわけではありません。研究の目的は爬虫類の発声方法を解明するためで、いたって真面目な取り組み。ワニが人と同じように空気の共鳴を使って発声しているとしたら声が変わるはずということで、ヘリウムガスをワニに吸わせたところ声が高くなったといいます。ワニも人と同じ発声法ということが判明したわけです。
ちなみに、この声の解析を西村教授が担当されたのだとか。この結果から、もしかしたらワニに近い生き物とされる恐竜も、同じような仕組みで声を出していた可能性が考えられるそうです。聞いた当初は“ワニの高い声”を想像してクスッとしてしまいましたが、生命の成り立ちにかかわる研究だったとは奥が深いです。
「笑い」が必須のアワード
独創的でウィットに富んだ研究に贈られるイグ・ノーベル賞は、1991年にイギリスの科学雑誌『風変わりな研究の年報』の編集長によって創設されたアワードで、毎年10人前後の受賞者に授与されています。「品がない」という意味の「イグノーブル(ignoble)」と「ノーベル賞」をかけ合わせたダジャレから始まった同賞。「人を笑わせ、そして考えさせた」研究や、「真似することができない、もしくはすべきでない」業績をあげた人が対象にされていますが、科学や対象となった業績を嘲笑しているのではなく、それらが持つ楽しさを笑うものです。風変わりな研究や地道な実験などが対象とされることが多く、アワード自体も「笑い」がキーワードとなっています。
今回2020年はコロナ禍に見舞われてオンライン開催となってしまいましたが、例年授賞式はハーバード大学で行われ、選考委員もノーベル受賞者らが含まれるなど賞自体は本格的です。とはいえ、受賞したとしても賞金はなく、受賞者の旅費・滞在費も自己負担。そして、受賞スピーチでは聴衆から笑いをとることがノルマとされているそうです。おまけに受賞スピーチの制限時間1分を過ぎると、8歳の少女が登場し「もうやめて。飽きちゃった」をスピーチをやめるまで繰り返し、遮るという荒業もあり(冗談とはいえ、ダメージがすごそうですが……)という、おふざけモード全開なイベントなのです。
“変わり者”を愛する文化を持つ日本
なんと日本はイギリスと並ぶイグ・ノーベル賞の受賞最多国。変わったことを研究する方々が多いということでしょうか。同調圧力が強いといわれる日本ですが、いわゆる“変わり者”を寛容する一面があることになぜか安心してしまいました。
ここで過去の日本人受賞者の研究や実績をいくつか振り返ってみます。本家ノーベル賞で経済学賞の受賞はいまだありませんが、イグ・ノーベル賞ではすでに1997年に受賞しています。内容はというと、「たまごっち」により、数百万人分の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせたことに対してです。「たまごっち」といえば、デジタル携帯ペットを育てるというゲームで、社会現象ともなる大ブームを巻き起こし、確かそのあと大量処分が問題になるといったニュースもあったように記憶しています。調べてみると令和の現在も次世代の次の次の…と何世代目かはわかりませんが、まだ発売されていました。驚きのメガヒット商品です。「たまごっち」恐るべし。また、発明品としてはこちらも記憶に残る犬語翻訳機「バウリンガル」に、ヒトとイヌに平和と調和をもたらしたということで、平和賞が贈られています。
科学部門での受賞も負けてはいません。2007年に化学賞を受賞したのは、ウシの排泄物からバニラの香り成分「バニリン(vanillin)」を抽出した研究です。ウシのふんを200℃で60分間加熱することで、バニリンの抽出に成功したそうです。授賞式の会場では、これを記念して作られた新フレーバーのアイスクリームが選考委員の方に振る舞われたことも話題になりました。研究の意図は、「不要と思われているものを役に立たせたいという気持ち」にあり、実際、抽出コストがバニラ豆を原材料にする方法に比べておよそ半分で済むという素晴らしい研究です。受賞した山本さんは食物には向かないかもと語りつつ、資源の有効活用によって得られた香料の日用品などへの応用を期待しているとのことでした。
バナナの皮を踏むと本当に滑るのだろうか? を調べて物理学賞を受賞したのも日本の研究者です。バナナの皮を測定機の上に置いて踏み続けて摩擦係数データを収集し、論文にまとめたもので、これも人工関節の滑りの仕組みに役立てるための至極大真面目な実験なのだそうです。バナナの皮が滑るという知識はコントや漫画をきっかけに知っていましたが、研究テーマに選ぶとは……やはり研究者は目の付け所が違います。ほかにも、股の間から後ろを見ると実際よりも小さく見える研究とか、大腸内視鏡を自分で座位で行う研究とか、どうしてそれを研究しようと思ったのか? と発想の斬新さに驚くものばかりです。
ユーモアが世界を救う!?
笑わせて考えさせるイグ・ノーベル賞は、とっつきにくい科学など研究の世界を広く一般に興味を持たせる存在でもあります。本家ノーベル賞ですら、受賞快挙の報告のたびに日の当たらない研究に予算をつけよという話題が出ますが、一般の人に科学への興味を持ってもらうということは非常に重要な事項。「イグ」がつくか、つかないかは研究者にとって意味合いが違うと察しますが、実際にノーベル賞級の研究になるかはやってみないとわからないことだとも思います。
実際に海外では、イグ・ノーベル賞受賞後に、ノーベル物理学賞も受賞するという研究者も出ています。科学は、私たちの生活の利便性を高め、より平穏に生きられる手助けとなるもの。イグ・ノーベル賞の「ユーモア」というアプローチによって科学などの研究に対する理解への裾野を広げることは、実は世界の平和に貢献していると言っても過言ではないでしょう。天才となんとかは紙一重、コインの裏表……、イグ・ノーベル賞は今後も注目していきたいアワードです。
参考文献:マーク・エイブラハムズ(2004)『イグ・ノーベル賞 大真面目で奇妙キテレツな研究に拍手! 』(福嶋俊造訳)阪急コミュニケーションズ、志村幸雄『笑う科学 イグ・ノーベル賞』PHPサイエンス・ワールド新書